箱根駅伝の青山学院大学・原監督の声がけに、ニューロリーダーシップのSCARFモデルを想起したので、脳のモードと指導アプローチについて考えてみた。
原監督の暗示は成長マインドセット
ラジオで聴いた事前の記者会見で、原監督が
「1万メートル28分台は当たり前」といつも選手に言っている、と話していた。
言霊が効いていると、ご本人はインパクトを承知で声がけをしていたわけだが、これはCarol Dweck氏のいう「成長マインドセット」である。
“足の速さの能力は生まれつきではなく、努力すれば成長できる”
を、原監督は、”当たり前”という言葉を用いて、選手のマインドを成長へと地ならししていったといえる。
一瞬で取り組める「スマイル!」
箱根駅伝のレースが盛り上がってきた頃、前を走っている選手に、原監督が「スマイル、スマイル」と後ろから声がけをしていた。
「○○しろ」「○○だよ」などの指示や示唆ではなく、「スマイル」。ここで、そういう声がけなんだ、と少々驚いた。
この声がけの特徴は、
- 走りやタイムではなく、(もちろんタイムも走りのアドバイスもしていたと思うが)能力や成績に関係ないこと
- 感情に焦点をあてていること
- 今ではない状態に変わろう、と強く言っていないこと
- 選手が一瞬で取り組める事
- 今、走っている選手が自分の評価を恐れずに取り組めること
がある。
スマイルをSCARFモデルで解く
原監督のスマイルは、SCARFモデルのカテゴリーでみると、
- Status ステータス(地位)では、上の立場から選手に声がけしていない
- Certainty 確実性 (該当無し)
- Autonomy 自己選択権において、選手の自己選択権をうばうような提案をしていない、その結果、選手は自分で選べると感じる
- Relatedness 関係性 (該当無し)
- Fairness公平性では、他の選手と比べない(少なくともこの声がけにおいては)
結果、「スマイル!」の声がけは、ステータス、自己選択権、公平性において、脳が報酬モードになるよう働きかけている。
※SCARFモデルについて、別のブログ記事に詳しく書いている
「男をみせろ」というメッセージ
対照的に、駒澤大学の大八木監督の選手への激励の1つに、「男をみせろ」という声がけがあった。
久しく「男らしさ・女らしさ」という言葉に出会っていなかったので、ん?男らしさの定義をとっさに筆者は想い出せなかったが、この記事では一旦監督と選手の間ではそのイメージが日頃の練習から共有されている前提で、脳のモードを考えてみたい。
また、あるリサーチでは、脳が「脅威モード」の方が、より力を発揮できるタイプの人もいることを記しておきたい。
脅威モードか報酬モードか
大八木監督のような叱咤激励する選手への励ましは、多くのスポーツで見られる。このようなアプローチがパフォーマンスにつながらない、という根拠は持ち合わせていない。
しかし、今回取り上げる「男をみせろ」という声がけが、脳科学で分かっていることに、どのように当てはまるか、モデルに照らし合わせて考えてみたい。
- Status ステータス(地位)においては、「みせろ」という表現は、監督の地位が高く、選手は低い関係を表している
- Certainty 確実性は、今までの練習において「男」のイメージが共有されているため、不確実には感じない可能性もあるが、いま、ここでどの要素を出して欲しいと思っているのか、不明瞭に感じる可能性もある
- Autonomy 自己選択権においては、見せたいかどうかの選択権は選手にはない
- Relatedness 関係性では、「男」を見せることで監督が喜ぶ、もしその結果が出なかったら落胆させるといった、結果に依存した関係性を暗示させる(この声がけだけが関係性の全ては表していないが)
- Fairness公平性では、2人の関係においては、該当しないと思われる
リーダーシップとSCARFモデル
SCARFモデルは、リーダー(指導者含む)が相対する、部下や指導される選手の社会的行動の理解を深め、それに対応していくことを可能にする。
脳は報酬モードでは、より創造的に問題解決に挑めたり、より多くの選択肢を考えられると言われている。
逆に、脅威モードでは、視野が狭くなり、多くのオプションが見えづらくなり意思決定に影響がでてくると言われている。
関わりを選べるリーダー
報酬モードの声がけだけが、青山学院大学の快走を説明できるわけではないが、生理的に脅威にさらされている選手への関わりの違いを、2つの対照的な声がけを用いて見てきた。
脳は、物理的脅威と社会的脅威を同じように感じる。
そのため、監督がどのような態度や言葉を使うかは、選手にとっての大きな脅威になりうる。
SCARFモデルを意識することで、監督が持っている「意図」が、相手(の脳に)与えている「影響(インパクト)」は、どのようなものか科学的に予測することが出来るのではないかと思う。
参考文献:『SCARF® in 2012: updating the social neuroscience of collaborating with others』(2012, Dr. David Rock and Christine Cox, Ph.D)
参考情報:TED Carol Dweck 成長マインドセット
Photo by sporlab on Unsplash
Photo by Miguel A. Amutio on Unsplash